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2005年12月号
Vol.42 快便を得るための方策
松枝 啓 先生

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■研究領域および研究課題
胃粘膜防御機構、炎症性腸疾患、臨床栄養、消化吸収、消化管運動 他

■学会・研究会活動
日本消化器病学会 認定医、評議員、指導医
日本消化器内視鏡学会 認定医、評議員、指導医
日本実験潰瘍学会 評議員
消化吸収学会 評議員、理事
日本静脈・経腸栄養学会 評議員
日本Neurogastroenterology
(神経消化器病)学会
理事、評議員 他
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独立行政法人 国立病院機構 さいがた病院
上越市大潟468-1
院長 松枝 啓
■プロフィール
生年月日:昭和18年10月29日
学歴: 昭和44年 9月30日 岡山大学医学部卒業
職歴: 昭和44年12月26日 東京国立第一病院 内科研修医
昭和48年 7月 1日 渡米、Columbus-Cuneo Cabrini病院 インターン(米国シカゴ)
昭和49年 7月 1日 Illinois大学病院 内科レジデント(米国シカゴ)
昭和51年 7月 1日 Chicago大学 消化器科Clinical and Research Fellow
昭和53年10月 1日 帰国、国立病院医療センター 消化器科医師
平成 5年10月 1日 国立国際医療センター 第一消化器科医長
平成 9年 3月 1日 国立国際医療センター 教育部長
平成13年 5月 1日 国立精神・神経センター国府台病院 外来部長
平成15年 4月 1日 国立精神・神経センター国府台病院 副院長
平成17年 4月 1日 独立行政法人 国立病院機構 さいがた病院 院長

平成 8年 7月〜 厚生省 医師国家試験委員会 幹事
平成13年 6月 厚生労働省 医師国家試験委員会 副委員長
平成14年 7月 厚生労働省 医師国家試験委員会 委員長
平成15年 2月 1日 ローマ委員会 委員
   

はじめに
 
 21世紀は「ストレス社会」と言われるごとく、精神的あるいは社会的ストレスが増強することが予想されています。このストレスは過敏性腸症候群などの胃腸の機能的疾患(胃腸に形の上では異常が見当たらないが働きが異常になる)を急増させると考えられています。すなわち、過敏性腸症候群は腹痛や腹部不快感を伴う下痢や便秘などの便通異常を伴う病気ですが、検査をしても異常が見つからないために適切な治療が行われていないことも少なくありません。なぜ、ストレスが便通異常を発生させるのでしょうか? それは、胃腸には大脳と同じ種類の神経細胞が大脳とほぼ同じ数だけ分布しており、これらが自律神経で大脳とつながっているためです。すなわち、胃腸は「考える臓器」でありストレスにより色々な影響を受け易いためです。また、21世紀は「高齢化社会」とも言われており加齢に伴う便秘が増加しつつあります。このように21世紀に急増している下痢や便秘の便通異常の治療は止痢薬や下剤のみでは不十分です。人生の質(QOL)を高める三大要素は「快食・快眠・快便」と言われるごとく快便を得ることは重要です。この快便を得るための方策について述べたいと思います。
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1、快便とは?
 
 快便とは、正常な便が排泄される事により爽快感が得られる状態を意味しますが、現代ではこの快便を得る事が極めて困難になってきました。
 正常な便とは、図1で示すごとく便の水分含有量が70〜80%の状態ですが、下痢状態の便は水分の含有率が80%上であり、また便秘状態の便では水分の含有量が70%以下と水分の含有量により便性状が決定されます。

図1、便性状と水分含有量との関係

 一方、表1にごとく、便性状による便の分類が使用されていますが、普通便は適度な柔らかさの便で、いわゆる“バナナのような便”あるいは“とぐろ巻き便”が出る場合は後述するごとく快便につながります。しかし、水様便や泥状便の下痢状態では排便直後に同様な便が直腸に流入するため再び便意や残便感を感じてトイレから出られなくなるなど快便感が得られません。一方、やや硬い便やコロコロ便の便秘状態では、便意が起こりにくく、息んで排便しようとしても十分な排便量が得られず残便感に悩まされる事になります。

表1、便性状の分類
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2、下痢や便秘の医学的定義
 
1)下痢の定義:
 下痢は、1日に200g(200ml)以上の軟便・水様便がでることと定義されており、少量で頻回な柔らかい便が出ても医学的には下痢ではない。
2)便秘の定義:
 便秘は、1週間に3回未満の便通しかないことと定義されており、排便は1週間に3回以上便通があれば毎日なくとも便秘ではないことを銘記すべきである。すなわち、排便は毎日なくてはならないと強迫観念にとらわれる必要なないことを知り、リラックスした生活を送る事が重要である。
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3、排便の機序
 
 排便の機序は、図2に示すごとく大腸の蠕動運動により十分な便塊が直腸内に流入し直腸壁を伸展するとその刺激が座骨神経を介して仙随に伝達されるとその部位に存在する排便中枢が陰部神経を介して直腸の収縮と内肛門括約筋の弛緩を起こし排便し易い状況を整える。また、仙随から刺激が脊椎を介して大脳皮質に伝達され便意を催す。便意を感じたら人はトイレに出向き、随意的に腹筋を収縮させることにより腹圧をかけたり、外肛門括約筋を弛緩させて排便することが可能になる。

図2、排便の機序

 しかし、直腸壁を伸展するに足る十分な便塊が直腸に流入しない場合は上述のような排便反射が起こらず、また便意も催さないため便が直腸内に長期間残留し、次第に水分を吸収されてコチコチの硬便となりますます排便が困難になります。
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4、大腸蠕動運動の臨床的意義
 
 大腸蠕動運動は、演者らの検討によると図3で示すごとく、大腸をしごいて便の運搬を助ける高圧(110mmHg以上)の収縮波であり排便の際にはこの蠕動運動が繰り返して起こる事が判明した。すなわち、大腸蠕動運動が3回以上起これば必ず排便が起こり、1回のときには放屁がみられる事が明らかになった。したがって、排便を起こす為にはこの蠕動運動を3回以上発生させる必要がある事が明らかになっている。

図3、大腸蠕動運動
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5、下痢と便秘の病態生理(仕組み)
 
 演者らの検討によると、下痢は図4に示すごとく、食後に胃・結腸反射により大腸蠕動運動が頻回に発生するため便が固形化する間もなく排出されるため下痢が起こる事が示唆されています。したがって、食前に胃粘膜を麻酔する薬を服用する事により胃・結腸反射を抑制すれば下痢が改善する事も明らかになっています。また、便秘は、図5に示すごとく、食後に大腸蠕動運動がほとんど発生せず、反対に便をせき止める分節状の収縮派がS状結腸を中心に起こる事が示唆されています。したがって、便秘の改善のためには大腸蠕動運動を発生させる事が重要です。

図4、下痢の発生機序

図5、便秘の発生機序
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6、大腸蠕動運動の発生機序
 
 大腸の蠕動運動は、演者らの実験でも明らかなように腸管を伸展する事で自由に発生させる事ができる。すなわち、摘出したラットの腸管を図6のごとく水圧で伸展するだけで大腸蠕動運動が発生するが圧を解除するとたちどころに消失する。

図6、大腸内腔の伸展が大腸蠕動運動に及ぼす影響

 したがって、十分な便塊が大腸内に存在して大腸を十分伸展すれば自然に蠕動運動が発生し排便が起こる事になる。この十分な便塊を形成する為には食物繊維の摂取量が問題である。
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7、本邦における食物繊維の摂取量の変遷
 
 本邦における食物繊維の摂取量は、図7で示すごとく1947年には27g以上摂取しておりこの時期には“とくろ巻き便”が見られた。しかし、1994年には14g以下になり現在では10g以下しか摂取しないのが一般的であり十分な便塊で蠕動運動を発生させる事が困難な状態である。したがって、多くの人が便秘で苦しみ“兎糞状の便”しか出ない重要な原因である。この食物繊維には、水溶性繊維と非水溶性繊維があり、前者は下痢便を固形便に、後者は便塊を増大させて排便を促進する作用があるため多量に摂取する事が推奨できる。しかし、食生活の変化により寿分な食物繊維を摂取することが困難な現代人には『人工繊維』とも言うべき「ポリカルボフィル・カルシウム」という薬剤が存在し便通異常の治療の基本的薬剤として使用されている。

図7、日本人の食物摂取量の推移

 すなわち、ポリカルボフィル・カルシウムは下痢便は固形化し、便秘の際には便に水分を保留して柔らかくするとともに便塊を増大させて蠕動運動を発生させる為に排便がスムーズにできる利点がある。
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8、快便を得るための方策
 
1)薬剤のみでは快便は得られない
(1)便秘:下剤のみでは快便は得られない。
 便秘を下剤のみで治療する場合には快便を得る事が困難である。すなわち、図8に示すごとく、下剤による液体便を排出後には上流よりさらに液体便が直腸内に流入して便意と残便感を誘発するため快便は得られないことが問題です。

図8、下剤のみでは快便は得られない

(2)下痢:止痢薬にみでは快便は得られない
 下痢の場合、強力な止痢薬で下痢を止めると腸管を拡張して腹痛や腹部不快感を発生させるため快便が得られない。

2)快便を得るための方策
 快便を得るためには、表3に示すごとく以下の2つの条件が必要です。まず、1)固形便を強力な大腸蠕動運動で排出して、2)S状結腸と直腸を空っぽにすることが必要です。
 すなわち、多量の食物繊維摂取やポリカルボフィル.カルシウムの服用により十分な便塊を得て、大腸壁を伸展させることにより大腸蠕動運動を発生させ一気に固形便を排出させて、S状結腸と直腸内を空っぽにすれば快便が得られる筈です。特に、便秘の高度な人は、これに加えて、(1)十分な水分(1.5〜2リットル/日)を摂取して便量を増大させ蠕動運動の発生を助長すること、(2)食後の汗ばむ程度の散歩により自律神経のリッセットを起こす事により大腸蠕動運動の発生を助長する事が期待できます。さらに、セロトニン4受容体の刺激薬の投与、そして必要があれば緩下剤や少量の下剤を加える事も快便に繋がります。一方、下痢が高度な場合は食物繊維摂取やポリカルボフィル.カルシウムの服用をベースに止痢薬を併用すると少量の薬物で下痢がコントロールし易くなるため快便を得易くなります。

表3、快便を得るための方策
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終わりに
 
 なぜ、現代人は上述のような正常便を得る事が困難になってきたのでしょうか? その理由として、前述のごとく、1)ストレス社会の到来、2)肉体労働不要の社会の到来、3)成熟した社会の到来、そして 4)食生活の変化が原因と考えています。すなわち、ストレスにより消化管運動異常が発生し、肉体労働を怠るようになったため自律神経失調状態が持続し、そして成熟した社会の到来により時間的・経済的余裕が生じたため便通のことを一日中過剰に悩んで暮らすことが可能になり、その悩みがストレスになるなど悪循環に陥ることが便通異常を一層深刻なものにしていると思います。さらに、食生活の欧米化により食物繊維の摂取量が大幅に減少した事も便通異常に拍車をかけた原因と考えます。
 したがって、下剤や止痢薬などの薬剤のみで治療するのではなく、このような状況を打破する総合的アプローチが快便を得る上で必要でしょう。「快便は一日にして成らず」と考えて気長に努力する必要があります。
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